ちょっと立ち止まって考えてみてほしいんだ。
毎日、いろんなことが起こるよね。
良いこともあれば、ちょっぴり心が痛むこと、どうしようもなく理不尽に感じることもあるかもしれない。
会社での出来事、家族との時間、友人との会話、SNSで流れてくる情報…私たちの周りには、常に何かしらの「出来事」が溢れている。
でもさ、ふと立ち止まって考えてみると、その一つ一つの出来事って、起きた瞬間には、ただの事実でしかないんだよね。
「〇〇があった」「△△と言われた」「□□が壊れた」…それ自体には、良いも悪いもない。
ただ、そこに「それ」があった、ただそれだけ。
例えば、雨が降ったとしよう。
「あー、せっかくの休みが台無しだ」って思う人もいれば、「雨音を聞きながらゆっくり読書でもしようかな」って思う人もいる。同じ「雨が降る」っていう出来事なのに、捉え方は全然違うよね。
これは、過去の出来事にも言えることなんだ。
「あの時、あんなことを言われたから、私はダメなんだ」
「あの失敗があったから、もう挑戦できないんだ」
過去に起きた出来事を、今の自分の「ダメな部分」や「できない理由」に結びつけて、ずっと引きずってしまうことって、きっと誰にでもあると思う。
ボクもね、たくさん経験してきたよ。
でもね、ちょっと視点を変えてみてほしいんだ。
過去に起きた出来事そのものには、実は何の「意味」もなかったんだよ。
ただ、そういう事実が「起きた」だけ。
それにどんな意味を付け加えるのかは、実は「自分」なんだ。
過去の出来事に「失敗」というレッテルを貼ったのは、自分かもしれない。
「悲しい出来事」として閉じ込めてしまったのも、自分の心のあり方かもしれない。
まるで、過去の出来事に色を塗るように、意味という名のフィルターを通して見ているんだ。
そして、そのフィルターの色によって、過去の出来事は、私たちの中で全く違う姿に見えてしまう。
だとしたら、そのフィルターの色を変えることはできないのかな?
過去の出来事は、もう変えられない事実として、ずっしりと心に居座っているように感じるかもしれない。
でもね、変えられないのは「事実」そのものであって、そこに付け加えられた「意味」は変えられるんだ。
あの時、つらいと感じた出来事も、今の視点から見れば、「あの経験があったから、今の私があるんだ」と思えるかもしれない。あの時、失敗したと感じた出来事も、「あの失敗があったから、次はもっとうまくやれる」という学びになったと思えるかもしれない。
過去の出来事にどんな意味を与えるかは、今の自分の自由なんだ。
もちろん、すぐにそう思えるわけじゃないかもしれない。
長年染み付いた考え方を変えるのは、時間もエネルギーもいることだと思う。無理に変えようとしなくても大丈夫。
でも、心の中に少しだけ、「過去の出来事に付けた意味は変えられるんだ」っていう考えを置いておいてほしいんだ。
まるで、古いアルバムを引っ張り出してきて、一枚一枚の写真を見返すように、過去の出来事をゆっくりと見つめ直してみる。
その時、もしかしたら、今までとは違う感情が湧き上がってくるかもしれない。
「あの時、私は精一杯頑張っていたんだな」
「あの経験が、今の私を支えてくれているんだな」って。
過去の出来事に新しい意味を与えることは、過去を否定することじゃないんだ。むしろ、過去の経験を自分の力に変えていく、未来への希望を見出すための、大切な一歩なんだと思う。
過去は、もう終わったことじゃない。
今の自分の捉え方次第で、それは未来を照らす光にもなる。
だからね、もし今、過去の出来事に苦しんでいる人がいるなら、そっと心の中で唱えてみてほしい。
「出来事に意味はない。ただ起きただけ。意味付けをするのは、今の私なんだ」って。
そして、ゆっくりと、過去の出来事に新しい色を塗ってみる。どんな色にするかは、あなたの自由だよ。
過去は変えられる。それは、起きた事実を変えるという意味じゃなくて、過去の出来事が今の自分に与える影響、その「意味」を変えることができるっていうことなんだ。
そう思えたら、きっと、これから先の未来も、もっと自由に、もっと自分らしく歩んでいけるはずだよ。
ね、そう思わない?













